調剤薬局業界のM&A事情、薬剤師不足の影響は?
2022.3.313 years前
調剤薬局業界は、薬剤師不足や調剤報酬の引き下げなどで厳しい経営状況に置かれています。そんな中でも生き残りを図るために、事業拡大や業務効率化のためにM&Aが盛んにおこなわれています。また、小規模の調剤薬局が後継者問題を解決する方法として、M&Aを選択するケースも増えているようです。
そこで本稿では、調剤薬局業界のM&A事情について、M&Aを行うときの注意点も含めて解説します。
調剤薬局とは
調剤薬局とは、「医師が処方した処方箋に基づいて、薬を患者に提供する薬局」のことです。「保険薬局」とも呼ばれます。調剤薬局を営むためには、都道府県の許可を受けなければなりません。さらに、健康保険による保険調剤を行うために、厚生労働大臣から保険薬局の指定と保険薬剤師の登録を受けなければなりません。
1人の薬剤師が取り扱える処方箋の枚数は1日40枚までという制限があります。そのため、売上・来店客数を増やしていきたい場合には、それに応じた数の薬剤師を雇用しなければならず、薬剤師の確保が調剤薬局の事業拡大に不可欠なポイントなのです。
調剤薬局の市場規模
厚生労働省の調べによれば、調剤薬局市場は7兆円規模あると言われています。日本は少子高齢化が進んでいますが、それと歩調を合わせるように市場規模が拡大しているのかというと、そういうわけではありません。
医療費などについての負担が重くなってきたのにともない、政府は医療関係の予算を抑制しようとしており、調剤報酬が引き下げられるなどの理由で、市場規模は横ばいが続いているのが現状です。
その一方で、調剤薬局の数は年々増加しています。調剤薬局の数は、2019年度末には6万店を突破しました。その10年前である2009年は54,000店弱だったため、10年で10%も店舗数が増加している計算です。
しかし、前述のように、医療費抑制の影響で市場規模が大きく伸びることが期待できないため、これからさらに競争が激化していくと考えられています。
調剤薬局は、薬剤師が独立して個人事業として行なっているものが非常に多く、圧倒的なシェアを持っている企業はまだありません。全体に占める上位10社の売上高は18.8%(2018年)に止まっています。
とはいえ、上位10社の売上高の比率は年々増加しています。調剤薬局を店内に持つドラッグストアの急増や大手薬局チェーンによる調剤薬局のM&Aも、その要因のひとつと考えられます。
調剤薬局のM&A事情
調剤薬局業界でもM&Aが増加している理由として考えられるのが、小規模薬局が抱える後継者問題、調剤報酬の引き下げ、さらに薬剤師不足です。
ドラッグストアや大手薬局チェーンが店舗数を増やしていることを受けて、処方箋の奪い合いが激化しています。そこに調剤報酬の引き下げなどがあり、調剤薬局の経営環境は厳しくなってきています。
そんな先行きが不透明な経営環境もあり、個人経営や小規模の調剤薬局では、経営者の子どもが薬剤師になって事業を引き継いでくれるとは限らず、後継者不足に悩んでいるケースが増えています。
一方で、ドラッグストアは、購買力を高めたり業務の効率化を進めたりする目的で、統合しているケースが相次いでいます。最近では、マツモトキヨシとココカラファインが経営統合を発表しました。大手薬局チェーンでも経営統合や、調剤薬局のM&Aを積極的に行っています。
薬剤師不足はどう影響する?
薬剤師不足も、調剤薬局業界のM&Aを加速させる要因になっていると言えるでしょう。
薬剤師を育成する薬学部は6年制の学部に変わりましたが、薬学部の定員数も増え、徐々に薬剤師の人数は増えています。しかし、調剤薬局の店舗数も増えているため、慢性的な薬剤師不足に陥っています。
前述の通り、1人の薬剤師が1日に扱える処方箋の枚数に40枚という上限があるため、事業拡大をするためには薬剤師の確保が不可欠です。にもかかわらず、薬剤師の確保が難しい状態が続いているため、すでに薬剤師を配置している調剤薬局をM&Aで買収することで、事業拡大を実現しようとする動きが出てきているのです。
薬剤師を確保しながら店舗を増やしたいドラッグストアや大手薬局チェーンなどの思惑と、後継者不足に悩む小規模調剤薬局の利害が一致し、M&Aを行うケースも増えていると言えます。
調剤薬局事業のM&Aでチェックしておきたいポイント
調剤薬局のM&Aは、買い手側にとっては「患者と薬剤師を同時に囲い込むことができる」メリットがあります。売り手側にとっても、大手薬局チェーンなどの傘下に入ることで、後継者問題を解決させ、引退まで薬剤師として働き続けることも可能です。
しかし、M&Aをするにあたっては気をつけておきたいポイントがあります。
①買い手側のチェックポイント
・従業員やお客様の気持ちに配慮したM&Aを行うこと
調剤薬局は、薬剤師がいなければ業務を行うことはできません。そのため、従業員をそのまま引き継ぐ形でM&Aを進めるのが一般的です。ただ、M&A後の雇用条件や業務体制によっては、反発を招いて離職者が出てしまう可能性もあります。薬剤師ではない事務スタッフであっても同様です。
また、業務体制を大きく変更したことで、長年利用してくださっていたお客様が離れてしまうリスクも否定できません。業務効率化は必要ですが、従業員やお客様の気持ちが離れてしまわないようにするために、PMIが非常に重要だと言えます。
・偶発債務や想定外の損失が発覚することがある
小規模薬局の場合は、大きな組織と比較して、管理体制に不備があることも少なくありません。M&A後に、偶発債務や想定外の損失が発覚しないとも限らないため、デューデリジェンスを念入りに行い、M&A後の事業リスクを明確にしておくことが大切です。
②売り手側のチェックポイント
・M&Aの成立には時間がかかる
後継者問題などを解決することができるM&Aですが、モノを売買するように簡単にできるものではありません。事業の売却までに、早くても数か月、すぐに売却したいと思っても買い手が見つからない場合は数年間かかるということもあります。
余裕をもって準備することがポイントです。
・お客様や取引先との関係が変わってしまうかもしれない
M&Aをきっかけに、経営方針が変わり、お客様や取引先との関係性に変化が起きることもあります。買い手企業を選ぶ際は、できるだけ自身の経営方針に近い相手を選ぶことが大切です。
最後に
調剤薬局業界は、薬剤師不足が慢性的に続いているほか、店舗数増加による競争激化や政府の医療費削減による収益性悪化などの課題を抱えています。業務効率化などを進め、収益性を高めるために、ドラッグストアや大手薬局チェーンによるM&Aが加速しています。
しかし、ただM&Aを進めていけばよいというのではなく、薬剤師の重要性や長年のお客様の関係などを考えると、慎重に検討すべきものだと言えます。M&Aを検討するときは、調剤薬局業界に詳しい人材がそろっているM&A仲介業者などに相談することをおすすめします。
この記事を書いた人
シニア・プライベートバンカー、MBA(経営学修士)、1級ファイナンシャルプランニング技能士、日本証券アナリスト協会認定アナリスト横山 研太郎
ねこのて合同会社 代表。大手メーカーで経理、中小企業の役員として勤務したのち、ファイナンシャルプランナーとして独立。金融機関での経歴がないからこそできる、お客様にとってのメリットを最大化するプランを提案している。オーナー企業での役員経験を活かし、経営コンサルティングからオーナー様の資産管理・資産形成まで、幅広い相談に対応できることを強みとする。