M&Aの事業譲渡とは?全部・一部譲渡するメリットと注意すべきデメリット
2021.8.263 years前
事業譲渡は、会社の全部または一部を譲渡するもので、比較的自由度の高いM&A手法です。会社売却と異なり、会社自体を売却するものではなく、特定の事業だけを切り出すことができます。
しかし、譲渡にあたって、取引先等との契約を結びなおさなければならないなど、手間がかかる手法でもあります。本記事では、事業譲渡のメリットと注意すべき点についてまとめました。
目次
事業譲渡とは
事業譲渡とは、会社の全部または一部を譲渡することです。旧会社法の時代には、営業譲渡と呼ばれていました。これは会社全体を売却してしまうのではなく、事業だけを売却するもので、他のM&A手法と比べて自由度の高いものと言えます。
会社が営むすべての事業を譲渡することを「全部譲渡」、一部の事業だけを譲渡することを「一部譲渡」と言います。
事業譲渡と事業承継の違い
事業譲渡と事業承継は、全く異なるものです。
事業譲渡は会社の事業の全部・一部を売却するものですが、事業承継は後継者に経営を譲る行為です。事業承継では、先代経営者が後継者に株式を譲渡することが多く、何を譲渡するかという点でも異なると言えます。
事業譲渡と株式譲渡の違い
事業譲渡と株式譲渡も、全く異なるものです。
事業譲渡は「事業」を売却するもので、株式を譲渡することはありません。株式譲渡は、「株式」を売却することであり、会社そのものを売却します。そのため、譲渡対価を受け取るのが、事業譲渡では会社で、株式譲渡では株主であるという違いもあります。
事業譲渡と会社分割の違い
事業譲渡と会社分割は、「会社の事業を切り出す」という意味では似ていますが、使われる場面に違いがあります。
事業譲渡は売却する事業を購入する相手方がいるのに対し、会社分割は第三者である相手方がいる場合もそうでない場合もあります。会社分割は自社グループ内で行うこともでき、自社の事業を独立させたり整理したりするケースでも活用されています。
事業譲渡をするメリット
事業譲渡のメリットを、売り手・買い手それぞれ3つずつ解説します。
売り手のメリット
1.特定事業だけを譲渡できる
不採算部門だけを売却したり、高く売れる事業を売却して会社を立て直す資金にしたり、「選択と集中」ができる手法です。また、一部の事業には将来性があるものの後継者不在の場合、その部門は事業譲渡をして継続させ、将来性のない事業を残して清算することで、実質的な後継者問題を解決することもできます。
2.買い手が見つかりやすい
事業譲渡では、事業そのものだけを売却するため、会社の負債は引き継がれません。そのため、簿外債務や偶発債務が見つかる可能性が低く、購入のハードルが下がり、買い手が見つかりやすくなります。
3.法人格を残して経営を続けられる
事業譲渡では、全部の事業を売却しても、法人格が残ります。同じ法人格で別の事業を始めることも可能です。
買い手のメリット
1.必要な事業だけを購入することができる
欲しい事業を営んでいる会社を、その他の事業まで含めて買う必要がなく、自社にとってメリットがある事業だけを手に入れることができます。
2.債務の引き継ぎリスクを下げられる
M&Aのリスクに、購入後に発覚する簿外債務や偶発債務があります。もちろん、そういった債務が発覚した場合に損害賠償を求められる条項を入れることはできますが、その手続きには手間がかかるうえ、事業にも不安が出てきかねません。
しかし、事業譲渡であれば、購入する事業の範囲を選択して買うため、簿外債務や偶発債務が発覚する確率が低くなると言えます。
3.節税効果が得られる
事業譲渡では、有形固定資産以外に「のれん」も計上されます。これらは減価償却の対象となるため、損金として計上し、利益を圧縮して節税することができます。
事業譲渡で注意すべきポイント
一方で、事業譲渡で注意すべきポイントもあります。売り手・買い手それぞれについて解説します。
売り手の注意点
1.取引先や従業員との個別の承諾が必要
事業譲渡をした後は、譲渡先企業が取引先や従業員と新たに契約を交わさなければなりません。譲渡後に契約できない事態を避けるため、事前に取引先(特に債権者)や従業員と個別に事業譲渡に賛同してもらえるようにする必要があります。そのため、事前準備に時間がかかる方法とも言えます。
2.競業避止義務がある
会社法21条に、競業避止義務が定められています。事業を譲渡した会社は、譲渡した日から20年間、同一市町村と隣接する市町村で(※)、同一の事業を行うことができません。
※市町村とは、「特別区と政令指定都市」では区単位
3.事業譲渡で得た売却益には法人税がかかる
事業譲渡の対価は、会社が受け取ります。その際に売却益があった場合は、法人税の課税対象となります。
買い手の注意点
1.様々な手続きに手間と時間がかかる
事業譲渡では、取引先や従業員との契約をしなければなりません。また、譲り受ける事業を営むために許認可が必要な場合、自社で許認可を受ける必要があります。
2.譲渡代金に消費税がかかる
株式を購入する場合と異なり、事業譲渡では、有形固定資産や営業権(のれん)に消費税がかかります。土地代金の部分は、消費税の非課税資産であるため、消費税はかかりません。
事業譲渡の流れ、必要な手続き
事業譲渡は、次のような流れで進められます。
1.譲渡先を探す
譲渡先候補に提示するためのノンネームシートを作成するための、会社の最低限の情報を開示します。なお、事業譲渡できるかの相談をするために、M&A仲介会社等に決算書等の詳細な情報を見せる必要があるので、この時点で詳細な情報が必要です。
2.譲渡先候補と秘密保持契約(NDA)を締結
3.基礎情報の開示・面談
NDA締結後、譲渡する事業に関する基礎情報を開示します。この時点では、譲渡の基本合意には至っていないため、詳細な情報までは開示しません。
また、経営者同士の面談を通して、経営理念や経営者の信条などを見て、事業譲渡を進めるべきかどうかを互いに確認します。
4.基本合意書(MOU)を締結
M&Aを本格的に進めることとなった場合、基本合意書を締結します。この時点で、譲渡先候補企業には独占的交渉権が与えられます。
5.デューデリジェンス(DD)を行う
ここまで進んで初めて、譲渡対象となる事業の詳細な情報を開示して、譲渡価格算定のためのDDを行います。財務諸表に表れるものだけではなく、従業員、ノウハウなどの無形資産も含めて、価値評価が進められます。
6.取締役会の決議をする
譲渡元では、事業譲渡について取締役会での決議が必要です。
7.事業譲渡契約を締結
DDを行い、譲渡価格や譲渡にあたっての諸々の条件が合意できれば、事業譲渡契約を締結し、事業譲渡が実際に進められます。
おわりに:他の手法と比較して適したものを選択しようう
事業譲渡は、株式ではなく事業を売却するものであり、株主ではなく「会社が」行うものです。手続きは多くなってしまいますが、自由度が高く買い手を探しやすい方法でもあります。
会社分割などの他の手法と比較して、より適したものを選択するようにしましょう。専門的な知識が必要ですので、専門家のアドバイスを聞きながら判断することをおすすめします。
この記事を書いた人
シニア・プライベートバンカー、MBA(経営学修士)、1級ファイナンシャルプランニング技能士、日本証券アナリスト協会認定アナリスト横山 研太郎
ねこのて合同会社 代表。大手メーカーで経理、中小企業の役員として勤務したのち、ファイナンシャルプランナーとして独立。金融機関での経歴がないからこそできる、お客様にとってのメリットを最大化するプランを提案している。オーナー企業での役員経験を活かし、経営コンサルティングからオーナー様の資産管理・資産形成まで、幅広い相談に対応できることを強みとする。